大阪高等裁判所 昭和44年(ラ)62号 決定 1969年5月23日
抗告人 松田武夫(仮名)
相手方 松田光子(仮名)
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
本件抗告の要旨は原決定は不服につき即時抗告に及ぶというにあつて、その理由は別紙に記載のとおりであるが、その要旨は(一)抗告人と相手方との別居は専ら相手方の責に帰すべき事由により惹起されたものであるから、抗告人には別居期間中の婚姻費用を負担すべき義務がない、(二)仮りに抗告人にこれを分担しなければならないとしても、分担額についての原審の認定は違法不当であるということにある。民法第七六〇条の婚姻費用の分担義務と同法第七五二条の夫婦間の扶助義務とは観念的にはこれを区別して考えることができるけれども、ここにいう婚姻から生ずる費用とは夫婦間における共同生活保持のために必要な費用をいうのであつて、現実にこれを負担することがすなわち扶助義務の履行になるのであるから、両者は結局において同じことになるわけである。そして夫婦が別居している場合でも、いやしくも夫婦である限り、相互の扶助義務はなくならないのであるから、婚姻費用の負担者は他方に対してその生活保持に必要な費用を支給する義務があるといわなければならない。
ところで本件に関連する大阪家庭裁判所昭和四二年家(イ)第一〇九〇号離婚調停事件の記録中の戸籍謄本、家庭裁判所調査官上田好一の調査報告書、本件記録中の家庭裁判所調査官光信隆夫の調査報告書、申立人および相手方ならびに参考人島野孝一に対する各審問の結果を総合すれば、抗告人と相手方との婚姻当初から原審判がなされるに至るまでの間における夫婦生活関係の推移や別居の事情、双方の資産状態、職業生活能力等について、ほぼ原審判の(1)ないし(5)(原審判二枚目表二行目から四枚目裏六行目まで)に記載されているような事実を認めることができるのであつて、右認定を左右するに足る新たな資料はない。そしてかかる事実関係からすれば、本件の場合にあつては、夫たる抗告人においてもつぱら婚姻費用を負担すべき義務あるものというべく、しかも夫婦間における扶助の内容は、原則として夫婦が互いに自己の生活を保持するのと同等程度において相手方の生活を保持することにあるのであるが、この扶助義務は、夫婦間の協力義務と表裏一体の関係に立つものであるから、妻たる相手方において右の協力義務の履行に欠くるところがあるとすれば、抗告人の相手方に対する扶助としてなされる婚姻費用分担額の決定につきそれが参酌されるのは、けだし己むを得ないところといわねばならない。かくして原審が、まず、右の生活保持義務の見地より、抗告人と相手方の各実収入と労働科学研究所編纂の総合消費単位表記載の該当消費単位指数との関係から抗告人、相手方および長男英夫の各通常生活費を算出したうえ、原審が認定したような本件別居に至るについての相手方の責任の度合等諸般の事情(原審判四枚目裏八行目から五枚目裏四行目まで)を斟酌して、抗告人は相手方に対し前記通常生活費の二分の一程度を負担すべく、右負担を免がれた約二分の一の額はこれを抗告人と長男英夫とにほぼ平等に割り当てるのが相当であるとの見解のもとに、抗告人は相手方に対し、相手方と本件別居後引きつづき相手方がその手許で監護養育している右英夫との両名の生活費の分担として、夫婦別居の日である昭和四二年四月一六日から昭和四三年三月までは毎月金二万円、同年四月から一〇月までは毎月金一万四、〇〇〇円、同年一一月以降別居期間中は毎月金二万円を支払うべきことを定めたのであつて、右の具体的な金額算定に関する原審の計算上の理論(殊に長男英夫の生活費についての分担額の計算)については、なお検討すべき余地がないのではないが、かくして算出された金額そのものは、前段認定の各事情のもとにおいて、抗告人が本件婚姻費用の分担として相手方に支払うべき額として決して過当のものではなく、従つて、原審判は結局これを正当として是認することができる。
抗告人は、原審が婚姻費用分担額を定めるについて(一)抗告人の収入を学習塾経営により一ヶ月九万五、〇〇〇円の安定した収入があると認定しているが、この種の仕事は結局生徒数に依存することになるが、生徒数は極めて流動的に委節的にも変動があり、長期的には減少の傾向にあつて安定した仕事とはいえない。(二)学習指導のための必要費として光熱費、電話代、生徒との特別交際費、教室修理維持費について抗告人の主張した金額を認めなかつたのは不当である。(三)抗告人が身体障害者であることによる特別出費として月額一万五、〇〇〇円しか認めなかつたのは不当である。(四)建物新築の際借入れた一九〇万円について、毎月元金一万五、〇〇〇円ずつ返済するほか、利息として一万六、〇〇〇円ずつ支払わなければならないが、右の利息の控除を認めたのみで元金の返済を考慮していないのは不当である。(五)自家用車の維持費について主として兄家族が使用しているとの理由で経費としての計上を認めていないのは不当であると主張するけれども、これらの点に関する原審の認定を左右すべき特段の資料はなく、夫婦間における婚姻費用の分担額が定められた後においても、その後に、当事者の資産、収入、家族関係その他右分担額算定の基礎となつた事実に著しい変動を生じたときは、これに伴う分担額の変更を求め得るのであるから、抗告人の右主張は採用の限りでない。
抗告人はまた、抗告人ら夫婦が別居するに至つた原因はもつぱら相手方の自己中心的、攻撃的な生活態度、常軌を逸した言動によるもので、夫婦関係破綻の責任はすべて相手方の側にあり、このような場合抗告人には具体的の扶助義務はない旨を縷々陳弁するが、一件記録によるも到底そのように認められないことはすでに説示したとおりであるから、右主張もまた採用できない。
右の次第で、本件抗告は理由がないのでこれを棄却すべきものとし、抗告費用は抗告人に負担させることとして主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 小石寿夫 裁判官 宮崎福二 裁判官 舘忠彦)